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「ドライブ・マイ・カー」

ドライブ・マイ・カー

 日時:2021年8月29日(土)

 会場:KBCシネマ

 

 西島秀俊さんが主演ということで、ぜひ見たいと思っていた。岡田将生くんも出るらしいし。

 カンヌで脚本賞他4冠も取ってしまい、話題になっていたものの、いつから公開されるんだかチェックしていなくて、気づいたら公開2週目に入っていた。

 

 

 うーん…。私の好みではありませんでした。ザ・村上春樹ワールド。そもそも私は村上春樹があんまり得意ではないのでした…。

 (注:以下、ネタバレを含みます。) 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや、西島秀俊と岡田将生は期待以上によかったんですよ。まず、西島さんの肉体美に惚れ惚れ。年齢を重ねた渋いお顔にドキドキ。この物語の主人公として圧倒的な存在感と繊細な芝居。劇中の舞台での演技も素晴らしい。西島さんは舞台にはほとんど立たれていないと思うけれど、いつかぜひ舞台で拝見したい!

 岡田将生くんは、若い時はなーんも考えていない若(バカ)者という感じがして、あまり好きではなかったのだけれど、年齢を重ねてどんどん良くなっている。「ゆとりですがなにか」ぐらいからでしょうか。同年代の俳優たちと共演する中で、どんどん磨かれて成長している感じがする。今回もまぁ、あまりものを考えていない、感性で生きている若い役者という役ではあったけれど、バーや車内での西島さんとの一騎打ちのシーンや、舞台を降りるシーンは、すごくよかった。

 霧島れいかさんは、「ノルウェイの森」にも出演されていましたが、村上春樹ワールドの登場人物としてぴったりな感じ。

 

 じゃあなぜ、はまれなかったのかというと、いくつかの設定に非常に違和感を感じてしまって、そのどうでもいいことが気になりすぎたことが大きい。原作がどうなっているのかわからないけれど、なぜ家福はわざわざ広島まで自分の車で行ったのか?そもそも事前に演劇祭事務局と打ち合わせていなかったのか?だから、”現地で彼の車を運転するために運転手を雇う”ということに全く説得力が感じられなかった。しかも運転手の存在が謎すぎ。市内から1時間離れた宿まで車を運転して家福を送り、朝8時に迎えに行く。で、この運転手はどこに住んでいるのですか?どうやってあそこまで行ってるんですか?車で?それとも彼女も近所に宿泊してるの?たぶんこの運転手と西島さん演じる家福との関係がものがたりの肝なのに、そこまでの強引な持って行き方にドン引きだった。さらに、広島から北海道まで車を飛ばすというのも無理やりすぎ。しかも下道通ってるし!新潟から船に乗ったのはわかるけど、どういうルートで北海道まで行ったのか?そして、どうやって2日で広島まで戻ったのか?

 あと、家福が演出する芝居も、なんだかなー…。映画のテーマであろう”ディスコミュニケーション”に照らして、異なる言語を話す役者が、一緒に素晴らしい舞台をつくる、言葉は通じなくても、あるいは音声言語を介さなくても、気持ちは通じるし伝わるのに、どうして毎日一緒に暮らしていて、すごく愛し合っていて、同じ日本語を話す夫婦のあいだでわかりあえないの?みたいなことが言いたかったのかなとも思うけど、けど、なー。(ちなみに、芝居の稽古シーンででやっていた、”抑揚なくひたすらせりふの読み合わせ稽古をする”のは浜口監督の手法だそうです。私はすごく苦手で、せりふが意味のある言葉として全く頭の中に入ってきませんでした。)

 スキャンダルで事務所を辞めたフリーの俳優がグランドプリンスに宿泊していて、毎日いい車でワークショップ会場に通っているのにも違和感…。ほかにもあるんだけど、もう、違和感だらけ。

 ※いろんな記事等を読んで思ったのは、この映画、原作の(たぶん)短編を映画にしたいがために、チェーホフのせりふと重ねてみたり、多言語コミュニケーション→”国際演劇祭に参加する”ことにしてみたりして、ある程度の長さにしてみたけど、コロナのせいで海外ロケは頓挫、そのせいでいろいろいろいろやってるうちに、脚本×映像にちょっと無理が出てしまったんじゃないかなぁ…という勝手な想像。

 

 そもそも私は本当に愛し合っている夫婦でも、結局わかりあえてないんだよね、みたいな物語がすごく苦手。全然理解できないし、共感できない。そういう経験がないから、というのもあるし、そもそもわかりあえると思ってるの?夫婦だからって何でも全部共有してる/できると思ってるの?んなわけないじゃん!バッカじゃない!とか思ってしまう。”わかりたい”とは心底思うけれど、”わかりあえる”は、はなから完全にあきらめてるのだ。まぁ、これが私の人生において最も残念なところなのだけれど。

 家福の場合、妻は話したがっていたのに、家福はそれを聞きたくなくて聞かずにいた、聞けずにいたけど、やっぱり聞いておけばよかった、聞くべきだった、ということなのだろうか。でも、そう思うのは妻が死んじゃったからかもしれないよ?現実の妻は、想像以上に残酷な事実を告げたかもしれないよ?それでもそれを引き受けるのか?引き受けたかったのか?そうか、強いな。私には無理だ。

 

 ラストシーン、よくわからないけれど、あれは”家福と運転手は同じ傷を共有して心の奥深くで通じあえた!”みたいなことなのかな。うーん…わりと安直…。やっぱり納得がいかない。とりあえず、原作を読むか…。あと、ついでに「ワーニャ伯父さん」も読むか…。

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