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「シン・エヴァンゲリオン劇場版」

シン・エヴァンゲリオン劇場版

 日時:2021年3月12日(金)

 会場:ユナイテッドシネマ福岡ももち

 

 最初に言っておくと、私はエヴァンゲリオンに全く思い入れはない。

 1995年にエヴァンゲリオンの最初のテレビシリーズが放映されたとき、話題になっていたのは知っていた。けれど、特にアニメを見る趣味はなく、見なかった。数年たってもその人気は続いていて、当時好きだったひとが「面白いよ!」と言っていたし、オタクの教養として見なくてはいけないなぁと思いつつ20年が経った。その間にもまだまだ人気が衰えることはなく、何度か映画化されたけれども、テレビシリーズ見てないのに、いきなり映画からはないだろうと思って観ないまま時が過ぎていった。数年前、NHKでTV版アニメが放送されたので、映画版も含めてすべて録画していたのだが、やっぱり見ないまま放置していた。そうこうしているうちに、庵野秀明監督の「シン・ゴジラ」が公開され、ゴジラもよく知らないけど、小劇場の役者さんたちがとにかく隠れキャラみたいにいっぱい出ているというので見に行った。明朝体文字がエヴァっぽい、ということは分かった。やがて、録画用のHDDの容量が足りなくなってきたので、ついにTV版を見た。物議をかもしたという最後の数話は、確かに”すごいものを見せられた”感はあったけれど、それ以上に、凝りすぎて制作が間に合わなかったんじゃないの⁉としか思えなかった。

 テレビシリーズは見たけれど、映画版の序・破・Qは見ないままだった。数か月前にテレビで放送されたので、見ることにした。”シン”の前に観ておきたかったし。序は、言われていた通りテレビシリーズの総集編っぽかった。破は気づいたら録画されてなくて、以前録画していたものも消してしまっていたので見られず。で、Qを見たら、間の話が飛んでいて、てんで分からなかった。そのことを周囲のオタクに話したら、「破を見ても見てなくても、どうせわからないから大丈夫」って言われた。なんやねんそれ。で、Qを見てもちろん「えええええ?ここで終わり?」と思ったので、シン・エヴァンゲリオンの公開をわりと楽しみにしていた。

 めんどくさい仕事が続いた週の金曜日、自分に割り当てられた仕事が思いのほか早く終わった。ほかの方々はまだ終わっていなくて、そのうち助っ人の招集がかかるかもしれないということでダラダラ残っていたのだけれど、仕事にそんな義理はいらないなー、若いやつがやればいじゃん、金曜日はユナイテッドシネマの会員デーだから今日行こう!と職場を飛び出した。

 30分に1回ぐらい上映されていたし、遅い時間だったのでそんなに人はいないのではないかと思ったけれど、甘かった。場内の、特に後方はほとんど埋まっていた。気合の入った見知らぬオタクの方々に挟まれて観るのもやだなと思ったので、すごく前方で観た。

 

 戦闘シーンは迫力があった。4DXで観たら楽しいだろうなー。

 

 ここからネタバレを含むので、まだ見てない人は読まないでね。

 

 

 

 

 ”シン”とはいえ、また総集編なんじゃないかと思っていたけど、そんなことはなく、ちゃんと”Q”の続きのようだった。

 ネット上では、過去作品の焼き直しだとかがっかりしたとかいう意見も見かけたけど、私は予想通りに話がきれいにまとまっていて、よかったなーと思いました。映像もきれいだったし。 

 冒頭、シンジの同級生たちがみんな大人になっているのに、シンジやアスカが14歳の風貌のままというのは、”エヴァの呪い”みたいにされていたけれど、そもそもエヴァに乗れるのは14歳の子どもだけ、みたいな設定だったと思うし、シンジもアスカもいわゆる”中二病”を引きずったままであることの象徴のように思えた。

 シンジが最終的にエヴァに乗って、父・ゲンドウと対決する、というのは、最初のテレビシリーズの時からそうなると思っていたのに、なかなかそうならないな、いつそうなるんだろう、と思っていた。ゲンドウときちんと向き合って対決しない限りシンジは永遠に14歳のままだろう。だから、やっとこの時が来たと思った。まさかゲンドウがあそこで内面を語りだすとは思ってなかったけど。そしてそのバックであの絵コンテみたいなスケッチが流れるとも思ってなかったけど。

 結局、中二病を引きずったまま大人になり、いまだ中二病なのは、父・ゲンドウの方だったのかなと思った。ユイを忘れられず、彼女にこだわり続けて彼女との間に生まれた自分の息子のことも彼女の二の次で、それどころか彼女を復活させるために利用しようとする。そしてゲンドウは、数々の出会いと別れを経験してそれなりに成長してきた息子と向き合い、己の中二ヒストリーを語りだす。あの絵コンテみたいなのをバックにしたモノローグがテレビシリーズの時から演出として意図されていたのかどうかはわからないけれど、今回のあの場面はテレビシリーズのあの場面へのオマージュだったのかなと思った。あの時ただの14歳だったシンジと、年齢を重ねてもなお心の中は14才であり続けるゲンドウとが対比されている感じはした。

 シンジとゲンドウがエヴァに乗って戦うシーンでは、過去にシンジが過ごした場所が次々と破壊されていくのが印象的だった。なんかもうとてもベタベタに少年がおとなになっていく様子が象徴されていたように思った。だから、あのラストシーンもいいなと思った。シンジはようやく14歳から次のステップに行けたのだ。25年かかって。神木隆之介くんが声を当てていたのはあのシーンだけなのかな?

 さらにそのあとに流れたのが庵野秀明監督の故郷である宇部の街で、なんだか泣けた。庵野さんは子どものころからウルトラマンとかゴジラとかの特撮が大好きだったという。パリや東京の街で暴れ、街を大々的に壊しながら戦うエヴァはウルトラマンやゴジラそのものだと思ったし、鉄道や、昭和歌謡は、少年時代の思い出の中にあるものなのだろうし、田舎の風景は故郷の風景なのかもしれない。

 シンジたちが訪れたのどかな町は、震災後の東北の街を思わせた。空に浮かぶ列車や、仮設住宅や、食事の配給も。

 ラストに流れる宇多田ヒカルが歌う主題歌も、エヴァの世界観にあっているなぁと思った。次々に流れるエンドロールには、本当にたくさんの人たちの名前があって、エヴァを完結させるためにたくさんの人が総力を結集して作り上げたんだなぁと思った。

 

 いろいろわけわからないところもあったけど、だから何度も観たくなる映画。さすがでした。

 おとなになったシンジがマリとタッグを組んで、さらに戦う続編もありだなーと思いました。

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