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「パンタレイと一匹の猫」

あなピグモ捕獲団「パンタレイと一匹の猫」

 日時:2020年9月13日(日)17:00開演

 会場:ぽんプラザホール

 

 2回目。

 開演前の前説に登場した福永さん、初日もいつになく緊張している感じがしたけれど、今日はいっそう殊勝な感じがした。そっか、このひとはほんとのところ心優しいひとだったのでした。

 

 2回目なので、あらかた物語の構成はわかっているつもりで見始めたのだが、ついていけたのは最初だけで、あとはやっぱり何がどうなっているのかわからなくなった。もう何十年も毎回のことだが、家に帰って日常生活に戻って、ふと考えると見えてくることがたくさんある。

 箱根細工みたいに、わからないように組み込まれたたくさんの情報。正しい順序でうまく組み合わせていけば箱は開くのかもしれない。でも巧妙にカギをかけた人は、箱を開けてほしいのかな?それはパンドラの箱かもしれない。

 

 パンタレイ=万物流転は、ヘラクレイトスによって提唱された哲学の概念だそうな。「誰も、同じ川に二度入ることはできない」。同一人物であっても時の経過とともに老いていくから、同一人物を後に見たならばそれが同一人物であると確定できないということにさえなる、らしい。

 人は同じ時を生きられないかもしれないけれど、物語の中でなら、何度でも生きなおせるし、あったかもしれない人生を生きたり、会えなかった人に会えたり、伝えられなかった言葉を伝えることもできる。

 2回目もやっぱり、佐伯ワタルが再会したキヨミと会話する場面が好きだった。スピッツの「正夢」という曲に「どうか正夢 君に会えたら 何から話そう 笑ってほしい」「いつか正夢 君に会えたら 打ち明けてみたい 裏側まで」という歌詞がある。あの場面はきっと正夢。佐伯ワタルが、いつか伝えたいとずっと思っていた想いを、一生懸命に言葉を探しながら精いっぱい伝えたい、という思いにあふれた場面だった。「愛は必ず最後に勝つだろう そういうことにして生きて行ける」。あの後、主婦佐伯が廃棄弁当を持ち帰って、佐伯ワタルと仲睦まじく会話する場面があるけれど、主婦佐伯はキヨミではないと思う。きっと“佐伯ワタルショー”の中でキヨミの役を与えられた役者さん。佐伯ワタルは「小さな幸せをつなぎ合わせ」て、そこそこハッピーに今を生きているのだと思う。

 

 あなぴとクロサイを続けて観た週末、このコロナ禍の中、あきらめることなく公演をやり続けようとする人たちは本当にすごいと思った。私はすぐに物事をあきらめがちの人間で、石橋は叩かないし、叩いても渡らないし、何ならそもそも渡ろうとしないし、どうしても渡らなくてはいけない場合は叩きすぎて壊すか、途中まで丁寧に叩いてたけどめんどくさくなってそのまま渡って落ちるような人間なので、細心の注意を払いながら実現に向けていろんな工夫をしながら困難を乗り越え、やりたいことをちゃんと実現しようとする人たちを本当に尊敬する。やりたいことはどんな困難があってもやったほうがいいし、やりたくなくてもやれって言われたらやらないといけないし、やるからにはちゃんとやらなくちゃいけないなと思った。楽しく。

 当分、舞台芸術の世界ではしんどいことが続くと思うけれど、あきらめずに表現を続けている人たちの表現は、覚悟を持って受け止めようと思う。ずっと前から、何度もそう思ってきたけれど、改めて。

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