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「アンチフィクション」

DULL-COLORED POP vol.22「アンチフィクション」

 日時:2020年7月26日(日)13:00開演

 会場:有料ライブ配信(アーカイブあり)

 

 ダルカラの谷賢一さんが、新型コロナウィルスが感染拡大している今この時期に、一人芝居をやるという。タイトルは「アンチフィクション」。今この時期だからしかできない演劇になること必至。幸か不幸かコロナのおかげで有料配信があったので、観ることができた。通常だったらおそらくシアター風姿花伝なんて小さな小屋ではチケットも取れなかっただろうし、そもそも東京までわざわざ観に行くこともできなかっただろう。

 先日、「プレイタイム」を見ているときに、すでに本編の芝居は終わっている配信終了直前の時間であったものの、電話が鳴り始めたことがとてもショックだったので、今回は電話線を抜き、携帯電話の電源も切って配信を観た。あと怖いのは宅配便だ。アーカイブはあっても、やっぱりライブで集中して観たい。

 

 特に奇をてらうこともない、スタンダードな一人芝居。とても面白かった。

 今この状況の中で演劇をやることについてだったり、演劇論だったり、作家というものについてだったり、作品ができるまでだったり。劇作家・谷賢一の日常ノンフィクションを差し挟みながら、“演劇”的世界へとお客さんを連れて行く、きっちりと作りこんである手腕はさすが。

 役者・谷賢一さんはとてもかっこよかった。作・演出の方って、芝居もお上手ですね。頭の中に役者の立ち姿、しゃべり方、明かり、音、すべてのイメージがあるのだと思いますが、それをちゃんと表現できる技術もあるのだと思います。声も聴きとりやすかった。

 谷さんというひとのリアルを垣間見られたのも楽しかった。ご自分のことを“小心者”とおっしゃっていたのが印象的だった。あー、なるほど…。周囲からどう見られているかが気になってしょうがないとか。その立ち姿とかセリフ回しから、非常に育ちの良いきちんとした真面目な人柄が透けて見えました。強いお酒を大量に飲んだり、お薬を飲んだりされている様子がtwitterに流れてきて心配するのだけれど、描かれていた日常が本当のことだとすると、作家も大変だけど、作家の奥様は本当に本当に大変だと思いました…。しかし、どこまでが事実かはわかりませんが、谷さんの日常も完全にフィクションに勝ってると思います。まさに「事実は小説より奇なり」。

 

 クラシカルな音楽も素敵だったし、演劇的な仕掛けも面白かった。途中に挟まれるお客さんとの対話、カラフルな照明の中で突然歌いだすとか、生着替えとか、映像をうまく使った幻覚のような場面とか。コーヒーを淹れる場面では本当に豆を挽いてコーヒーを入れていたのだと思うけれど、だとしたら劇場内はコーヒーの香りで一杯になっていたはずで、配信ではそれは味わえなかったので、ずるい!と思いました。まぁ、配信だと何度も見られるけどね。でもたぶん見ないと思う。劇場で観たのなら映像を見ると思うのですよ。映像でもう1回観たいと思うのですよ。不思議なことに。

 

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 新型コロナウィルスの感染拡大という現実の中にあって、演劇やフィクションの“ものがたり”に何ができるだろうか、という命題は、もうずいぶん前から提示されてきた。1995年に阪神大震災が起こり、それに続いてオウム真理教の地下鉄サリン事件が起こった。あのときも、「フィクションは負けた」というようなことが言われていたように記憶している。そして2011年の東日本大震災と原発事故。圧倒的な現実の前に、表現者たちは立ち尽くし、もがき苦しんでいた。

 私は表現者ではないけれど、それでもここ数か月、何もやる気がせず、モノを書く気もせず、たまに観た芝居の配信や映画の感想も、ちょっと書き始めてはすぐにやめてしまい、もともとあまり更新されていないblogもほったらかしになっている。忙しいわけじゃない。緊急事態宣言発令中は仕事も暇だったし、家にいてただぼんやりしていた。緊急事態宣言が解除されて仕事が通常通りに戻ってからも、休日はほとんど一日中家に引きこもって、ぼんやりとスマホの画面を見ているだけだった。そう、谷さんと同じように。

 芝居を観て、ああこのやる気のなさももしかしてコロナの影響なのかなと気づかされた。地下鉄サリン事件も震災も、私にとっては遠いところの出来事だった。けれども、今回は私もようやく当事者として現実と向き合っている。

 

 うちの職場は現在、マスク着用、手洗い推奨、エアコンをつけていても常時換気、ぐらいの対応で、ほぼ以前と同じ状態で日常を送っている。ちょっとした非日常のイベントは中止されたり縮小されたりしていて、祝日さえも返上し、ただ淡々と日常が繰り返される毎日だ。誰かと飲みに行くこともなく、劇場や映画館にもお気に入りの日帰り温泉にも行くことも、繁華街にショッピングに出かけることも自粛。遠く離れた実家にも帰れない。おそらくこのような“新しい日常”は、あと数年続くだろう。うちの職場の状況を考えると、劇場や映画館は窓が開かないくらいで、換気は十分されているということだから、職場よりもよっぽど安全な気がする。それでも万が一にも感染してしまうと言い訳できないので、おとなしく家で配信を見ているが、やっぱり劇場で芝居を観るのと家で配信を観るのとでは全然違う!ということを、今日痛感した。ここ数日の感染拡大状況を見ていると、三密を回避してマスクして手洗いを励行しても、劇場に行ってもいいですよ、とお墨付きをもらうのは難しそうだ。そんな中で、「演劇はやめない。演劇をやることでしか生きていけない」と断言した谷さん。じゃあ私はどうやって生きていこうか、と思う。ずっと考えているんだけど、答えが見つからない。

 

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