« 「真田十勇士」 | トップページ | 「ヴェニスの商人」 »

「大砲の家族」

飛ぶ劇場「大砲の家族」
 日時:2013年10月5日(土)19:00開演
 会場:北九州芸術劇場小劇場

 2003年に北九州芸術劇場のプロデュース公演として上演された「大砲の家」を、飛ぶ劇版として再演。

 初演「大砲の家」も観た。演出が南河内万歳一座の内藤裕敬さんで、中劇場に2階建てみたいな大掛かりなセットが組んであって、たくさんの役者さんがなんだかがちゃがちゃしていた。覚えていることといえば、なんかげえげえ吐いていたのと、布にくるまれて運ばれていく”イルカ”。

 終演後、「大砲の家」と「大砲の家族」両方の戯曲を購入して読んでみたけれど、「大砲の家」のことを、驚くほど何も覚えていなかった。あの時はあまりにも物語が壮大すぎて、また、世界ののあちこちで起こっている争いの背景とかもよくわかってなくて、何の話だかわからなかったのだと思う。
 「大砲の家族」もやっぱり壮大な、だけどその壮大さがぎゅっと濃縮されたような舞台だった。

 冒頭。架空の国、タナビテの、とある家庭。
 ご飯を食べながらカード型対戦ゲームに興じる兄弟。
 兄(寺田剛史)の頭には、銀色のなんだかへんてこな機械が乗っかっている。

 ああ、身も蓋もない、ばかばかしい兄弟げんか。あるよなぁ・・・うちは姉妹だけれど、まぁこんな感じだった。私は姉なので、兄の言い分がよくわかる。そしてきっと自分もあんなふうにずるかったんだろうと思う。

 そして、親子4人+居候が暮らすその団地の部屋に、敵対する隣国=ユナゴルから逃れてきた難民の兄妹が同居することになる。
 
 壮大な”世界”のものがたりを、”家族”を通して見せる。家族の問題が、プロジェクターで拡大されるみたいに、国と国との問題が、その向こう側に、大きな影のように映し出される。

 世界で起こっている戦争やテロは、壮大な兄弟げんかのなれの果てなのだ。
 たかが兄弟げんかに巻き込まれて、とてもとても多くの人が命を落としているのだ。

 脚本を読み比べてみると、ずいぶんとすっきりしていて、わかりやすくなっている。衣装とかも、わかりやすいなぁという感じ。

 ラストシーン。
 アガタが自分のこめかみに当てた銃を、カルドは取り上げた。
 暗転。
 銃声。
 
 撃ったのはカルド?
 アガタを撃ったのか、自らを撃ったのか?
 
 私には、”世界”のことも、”家族”のこともよくわからない。近しいからこそ傷つけあう人たちのことも、よくわからない。つまりは世界と、他者と、その程度の関係しか築けずにいるということなのだけれど、それでも”何か”を打ち込まれた感じはした。
 もっと世界を知らなくちゃいけないし、もっと世界について考えなくちゃいけないと思わされた。
 世界は遠くにあるわけじゃない。今、ここに。私たちのすぐそばにあるのだと思う。

|

« 「真田十勇士」 | トップページ | 「ヴェニスの商人」 »

演劇」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「大砲の家族」:

« 「真田十勇士」 | トップページ | 「ヴェニスの商人」 »