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「劇団」のこと

 パネルトークでも「劇団」が増えていなくて、プロデュース公演やユニット公演が増えているという話がありましたが、たかさきさんがおっしゃるとおり、時代性を考えるとこれはもっともなことだと思います。
 劇団☆新感線のいのうえひでのりがプロデュース公演を行ったり、鴻上尚史・野田秀樹がKOKAMI@networkやNODA.・MAPの形態で公演を行うのは、演出家としてやりたいことをやろうとしたときに、劇団だけでは限度がある(役者にも、金銭的にも)という結論に達したからではないかと思っています。
 ただ、ユニットなりプロデュースで公演が興行的に成立するためには、ある一定以上の力(←いろんな意味での)を持つ役者なり演出家がいる必要があって、誰にでもできることではないと思います。よって、プロの劇団がユニットやプロデュースに移行していることと、素人の劇団がユニット公演を行うことは、少し意味合いが違うのではないかと私は思います。

 興行収入を気にしないで、演劇を育てることを考えたとき、行政とかお金を出してくれる企業の出番なのかな、と思います。
 高名な演出家を呼んで、「役者を育てる」ことを目標にした公演があってもいいと思う。いや、それはワークショップ公演とでも言うのか。目をかけてもらえるのがたった3人でも、その3人が劇団に帰って広がるものがあるだろうし、その公演を通じてひとりでも化ける役者がいれば、もうけもんだと思うのです。

 こう考えてみると、なんだ、北九州でも福岡でもこういうことはけっこう前からやってんじゃん、という気がしてきました。
 じゃあ何が問題なのか?
 自分のことは棚に上げて言う。

 しかるべき人間が、人を育てることができていない

 んじゃないのか。
 劇団は役者やスタッフを、演出家は役者を、先輩は後輩を、演劇は観客を、観客は演劇を、大人は子どもを、育てられていない。

 観客としても、大人としても、職業人としても、まことに耳の痛い結論であります・・・。
 ただ、「劇団」を含めた様々な組織が崩れてゆく中、いかにして人との関係性を築き、人を育てていくのか? そのヒントもまた、鴻上さんや野田さんがすでに始めていることの中にあると思っていますし、福岡には新しい関係性を模索した動きがすでにある(私は、FPAPや「豚とオートバイ」公演がそうだと思っている)ことも事実です。

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