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2005年10月

【速報】清和文楽邑「壷坂寺霊験記 山の段」

清和文楽邑「壷坂寺霊験記」
 日時:2005年10月30日(日) 10:30開演
 会場:清和文楽邑

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あなざーわーくす「体験型☆ロミオとジュリエット」

あなざーわーくす「体験型★ロミオとジュリエット」
 日時:2005年10月29日(土)16:30開演
 会場:北九州芸術劇場稽古場(創造工房内)

  この芝居の観客席には参加・体験ができる「貴族席」と普通の観覧席「王族席」の2種類がある。当日は、貴族20名くらい、王族5名くらいだった。私は貴族席で鑑賞(参加?)

  まず、貴族たちは控えの席(荷物を置いたりしておく、普通の椅子)で、役者さんたちの前説?を聞く。
 「私たちは~飛行機で来たんですけれども~、照明さんがっ!船に乗ってしまいまして!まだ着いてません!」「明日も間に合わないと思いますっ!」というわけで、「暗転(手で目隠しする)」「明転(手をはずす)」の練習。などなど。

 ブルーシートに開いた直径2メートルくらいの穴。これが舞台。
 20名ほどの「貴族」たちは円形の舞台の周りのブルーシートに座る。
 座布団をお尻に「装着」して、踊ったり、拍手をしたり、いろいろ練習。
 そんななか、突然、お芝居が始まる。
 3人の役者さんたちは、ロミオになったりジュリエットになったり、乳母になったり、マキューシオになったり、ティボルトになったり・・・。パリス伯は蛙の指人形だったり。

 まともに演じれば3時間くらいの長さになる「ロミオとジュリエット」こんなことばっかりやってて終わるのか?と思ったけれど、我々貴族たちは、踊ったり、舞台装置になったり、手拍子をしたり、玉入れをしたりしながらも、物語はとんとん拍子に進み、約80分の上演時間はあっという間に終了。

 今年の2月に見た蜷川演出の「ロミオとジュリエット」の感想に私は「ひとつとして無駄なせりふがない」と書いたけれど、たった80分、踊ったり玉入れしたりしながらでもこの物語の本質は十分に伝わる。恐るべしシェイクスピア。
 悲劇だからもちろんロミオとジュリエットは死ぬんだけども、そのあとにもうひとつ。大団円。役者さんたちはみんな神戸の出身ということだったけれど、なるほど懐かしの少女向けギャグ漫画を読んでいるような小気味良い感じは、なかなか関西チックで楽しゅうございました。個人的には冒頭のジュリエット@バースデーパーティーのはじけっぷりが大変気に入りましたです。

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花組芝居「泉鏡花の草迷宮」

花組芝居「泉鏡花の草迷宮」
 日時:2005年10月23日(日)13:00開演
 会場:松下IMPホール

 ひっさしぶりの花組芝居。 
 「鏡花祭り」とのことで、「日本橋」と「草迷宮」の2本立て。
 日程の都合で「草迷宮」しか見られなかった。

 前回見たのも泉鏡花の「婦系図」だった。芝居もまあまあおもしろかったけど、わけがわからなかったので、現地で復刊されたばかりの原作を購入して読んだ。芝居は原作に忠実で、その原作はものすごくおもしろかった。(おいおい)芝居を見た限りでは、話がよくわからなかったのだ。
 「草迷宮」は読んでないんだけど、たぶん同じように原作はわりとおもしろいのだと思う。芝居はお祭りで終わってしまっていて、鏡花のせりふが全然届いてこない。役者の力不足だと思った。花組って、けっこうみんな長く芝居をやってるのにこのレベル・・・。もう少し動員が増えてもよさそうなものなのになんだか頭打ちなのは、そのせいか? それとも女優が出ないのがいかんのだろうか。そういやお客さんは熟女ばっかりだったなー(あ、私も?)

 植本潤さんと加納幸和さんがほんのちょっとしか見られなかったのですごく残念・・・。なんだかんだいって、私にとってはこの二人あっての花組なんだよねえ。

(追記)
 公式HPによれば、現在の動員は1万人以上。老若男女を問わずにファンがいる、と書いてあるけれど・・・。今度福岡にも来て下さい。

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劇団☆新感線「吉原御免状」

劇団☆新感線「吉原御免状」
 日時:2005年10月22日(土)18:00開演
 会場:梅田芸術劇場

劇団☆新感線、堤真一+古田新太&新感線フルキャストとくれば、何はともあれ見たくなってしまう。最近ちょっとやる気をなくしていた劇場通いが復活!
今年初めて!観劇のためだけに遠征。

なんともスケールの大きな芝居。
冒頭の吉原の場面は、お正月に見た「近松心中物語」みたいで、蜷川さんかと思いましたですよ。ちょうちんがめちゃめちゃかっこいい。あれだけのためのちょうちんだもんなあ。すっごいなあ。
 そして、舞台が回る回る・・・。以前、いのうえさんが何かの対談で「(花組芝居の)加納(幸和)さんが大劇場で演出した時、回り舞台をぐるぐる回してみんな目が回ったって。普段使い慣れないから回したくなっちゃうんだよ」みたいなことを言っていたけれど、あんなにぐるぐる回る舞台、初めて見たぞ。

 前半はかなり硬派な感じだったけれど、時代がさかのぼるあたりから新感線らしい雰囲気になっていた。それでもお笑い要素はいつもよりかなり少なめ。橋本じゅんさんがえらい殿様なんだもん。じゅんさんだとわかったのはラストシーン近くなってからだった。
 堤真一は、まじめな朴念仁よりもくぐつの親分のような下衆な役柄の時のほうが断然好き。なんて思っていたら、「野獣郎見参」(未見)が見たくなる。新感線の役者たちも、中盤はいつもの彼ららしくて嬉しい。
 藤村俊二さんが大活躍。せりふも多いし、なかなかのキーパーソン。うまいんだよね、やっぱり。「大江戸ロケット」のときはいのうえさんも遠慮してたみたいだけど、今回は「まだまだできるでしょ!」といわんばかりの活躍ぶりだった。

 原作はおそらく大衆娯楽小説なんだと思うのだけれど、話が良くできてるなーと思った。
 昨年末の「SHIROH」もそうだったけれど、根底に流れる思想が見事に現代とリンクしてくる。
 梶原善演じる侍の、人生楽しんだもんが勝ち、楽しくなくっちゃ意味がないよなあ、みたいな生き方(それがいいのか悪いのかはおいといて)や、力強く生きる被差別のものたちの姿や、差別と被差別の構図がくるりと入れ替わるさまだとかに、なんだか泣けてきた。けっこうデリケートな問題を扱っていただけに、あんまりおバカな笑いはそぐわなかったのかもしれないね。

 パンフレットは2700円!高い~。
 たまりにたまったパンフレットの処遇に困っていることもあり、購入せずに帰ってきたけれど、いつも読みごたえのある新感線のパンフレット。やっぱ買ってくるんだった~と後悔しきり。

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グレコローマンスタイル『赤い薬』

グレコローマンスタイル 本公演そっちのけ公演
『赤い薬』
 日時:2005年10月10日(月) 20:00開演
 会場:イムズ8F fm fukuoka/GAYA

 京都の劇団MONOの土田英生・作
 破格の報酬で、なんだかあやしげな?薬の被験者になったひとたちのお話。

 土田さんの脚本、ということで見に行ったのだが・・・。
 ストーリーは単純。
 何事もない状態から、薬によって躁になる、鬱になる、そしてまた何事もない状態に戻る。おしまい。
 正直言って、長く思えてしまった。ラストも、「なんか切なくなる」っていうより「だから何?」と思ってしまった。残念。

 これが「おもしろい芝居」になるには何が必要なのか?
 HPの土田さんのプロフィールによれば、「張りつめた状況の中に身を置く普通の人々のたたずまいや認識のズレから生じる会話の可笑しさや哀しさを軽快なテンポで見せることで評価を得ている」うむ。土田作品を説明するのにこれ以上完璧な文言があるだろうか。
 土田さんの脚本は、間違いなく「会話」が可笑しい。MONOの芝居だって、淡々とせりふが述べられていくだけなのに、笑わされてしまうのだ。まじめにやっているからこそおかしい、とか、その絶妙な間がおかしい、とか。
 今回、明らかに「あ、今ここで(笑)だな」というせりふなのに、お客は誰も笑わない、という場面がいくつかあった。笑わせるのって本当に難しいのね・・・。

 ちなみに。
 私は既存脚本を使った公演には賛成派。
 いい脚本は役者と演出家を育てる。
 いい脚本を下手な芝居と演出で見せられるのは確かにがっかりするけれど、今回のような「本公演そっちのけ公演」もたまにはいいんじゃないでしょうか。あ、チケット代は割に合わない感があったけど。

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平成17年度 福岡県高総文祭演劇部門 福岡地区大会

平成17年度 福岡県高等学校総合文化祭演劇部門
福岡地区大会

 日時:2005年10月10日(月)
 会場:福岡市立少年科学文化会館

 2校だけ見ました。

○九州産業大学付属九州高校『oh-☆mi・say・ka・ke』(創)吉武 沙央理 作
 女の子3人の微妙な友情+友達のいない男の子の緩やかな関係図。
 ラスト近くのああいうせりふはすごく高校生らしいなあと思ってしまった。

○福岡講倫館高校『卒業写真』(創)鈴木尚代 作
 病気のためになかなか学校に来られないクラスメイトをめぐる、あるクラスの1年。
細かいことを言えば、気合が入りすぎていて力んでいる子もいたし、どうも走ってしまって、なんだか間が悪い部分もあったけれど、うまい芝居だったと思う。
 県大会出場。

 「幕間講評」というのがあって、審査員の先生が上演後すぐにコメントを述べる。九産高校のほうは、ステージの使い方がどうとか、登場人物をもっと書き込んだほうが深みが出たのではないかとか、まあなるほどね、参考になるねと思えることをおっしゃっていた。一方、講倫館高校には、脚本の内容についてああだこうだと述べられたので、それってどうよ?と思ってしまった。というのも、これが顧問の書いた作品だったからだ。講評を聞くのは生徒なのだし、脚本について延々述べてもしょうがないのではないかと思った。まあ、講評を述べる方も終わってすぐに言わなければならなくて、大変だとは思うけど。まあ、最後に「皆さんとても元気がよくて、はきはきしていて良かったです」と生徒にもちゃんとコメントがありました。

 ちなみに、講評で触れられたのは、まず、最後の「みんな、私のこと忘れていいからね」というせりふ。講評をされた先生は「予想外でびっくりした」と。
 普通なら「私のこと、いつまでも忘れないでね」と言うのかもしれない。
 でもね。
 人は忘れるのだ。どんなに覚えておこうと思っても。そのことを責めてはいけない。
 それから、病気の女の子がいかにも元気だったのが多少不自然で、だんだん弱って死を予感させるほうが盛り上がるのではないか、とも言われた。でも、病人はみんな弱々しいわけではない。やっと学校に来られた病気がちの子なら、学校では楽しそうで、嬉しそうで、元気でいられるってのはありだと思う。
 個人的には、いなくなった人よりも残された人に焦点を当てたこの作品、わりと好きだった。
 野田秀樹の「RIGHT EYE」という芝居にこんなせりふがある。
 「残された者は、残された目で、見続ける義務がある」
 だから明日からも、生きていかなければならないのだ。理由なんてなくても。

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