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2005年4月

のこされ劇場≡「Re:曖昧のかたまり」

のこされ劇場≡「Re:曖昧のかたまり」
 日時:2005年4月29日 18:30開演
 会場:北九州芸術劇場小劇場

予備校での日常を軸に、模試の成績や恋愛を気にする予備校生たちの姿を描いた小品。

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自分の話をしよう。
福岡の高校を卒業して、私は首都圏の某大手予備校に通い始めた。
初日に実力判定模試があった。マークシートを塗りつぶしながら、気が狂いそうになった。「またこれから1年間こんなふうに過ごすのか!」
教室の後ろにはカメラがあった。
毎日紙コップのコーヒーを飲んだ。
ほんの時々チューターが教室に来て、登録していない授業に勝手に出席しないようにとか、書類をちゃんと出すようにとか、まあどうでもいいようなことを言いのこしていった。
誰一人知る人のいない教室で、数人の友人ができた。茨城から通う子、宇都宮から新幹線で通うお嬢様、アメリカ留学帰りでひとつ年上の才媛、地元出身の男の子、蓮田に住んでいる斎藤由貴ちゃんに似た彼女・・・。後ろの席の男の子が開く単語帳には、私がよく通っていた福岡金文堂アニマートのカバーがかかっていた。西南学院高校だったと言った。
そんなふうに、私の予備校生活ははじまった。

宇都宮のお嬢様は地元の男の子と付き合い始め、一度その男の子と一緒にドトールにコーヒーを飲みにいったら、後からなんだか釘を刺された。私は自習室が嫌いで、勉強も嫌で、ちっとも勉強がはかどらず、成績は全く上がらなかった。
それでも1年後の春にはみんなどうにかこうにか大学生になり(もう1年通う人もいたけど)ばらばらになった。
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装置・衣装・メイク・音響・映像すべてがイメージを喚起し、物語世界を広げる。
かつかつと鉛筆で書く音、ノートをめくる音、シャープペンシルの芯を出す音、誰かが落とす物音に、えへんと咳払いして抗議したり、そのくせわざと鉛筆を落として沈黙を破ってみたり。
なんだか顔色が悪くて、個性を消し去って、下を向いてかつかつと鉛筆を走らせる予備校生たち。
中央にしつらえられた舞台は、休憩室でありながら戦いの舞台。50度の角度を駆け上ってたどりつく、リングのようにも見える。
そしてリングの下では、人知れずすすり泣く声がする。

それら一つ一つが、自分の予備校時代を思い起こさせた。
うまく人間関係を結べなくて、曖昧なままなのは今も同じだから、ラストシーンに映し出される幸福な映像に涙した。

ただ、悪く言えば脚本や役者に対して演出が突出していた舞台と言えるかもしれない。
私の1年間の予備校生活を述べただけでも、この物語の大半は説明できてしまうし、役者たちも下手ではないにしろ、強烈な個性は感じられなかった。

この作品に対する泊さんのご意見
も、taniseさんのご意見も、厳しいけれどもわかる気がする。
演出家は「イメージをかたちにする」ことに優れた人なんだろうな。私自身はそういうことが苦手なので、すごいなーと思うのだけれど、「演劇」というカテゴリーで考えると、もっとことばや感情を大切にするとか、あまりイメージを強烈に与えすぎないほうがいいとか(「戦い」のイメージは自分の中にあまりなかったので、ちょっとやりすぎな感じはした)考えるべきことはたくさんあるのだろう。

いずれにせよ、期待されていることは確かなわけで、松下好さんも参加するらしいですし、今後の活躍が楽しみです。

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現実のお話の続きを。
大学生活も終わりに近づいた頃、とある就職試験の面接会場に遅刻してきた人がいた。
ひと目見てわかった。斎藤由貴ちゃん似の蓮田の彼女だった。
彼女も私の顔を覚えていてくれて「九州からきたひとでしょう」と言った。
お互いに、名前は知らなかったのだ。
彼女と私は同じような目的をもっていて、けれども違う道を進んだ。北九州で私が住んだ場所は、彼女が子どもの頃に住んでいた場所だった。今ではもう連絡することはないけれど、あの頃一緒に戦った私たちは今も、違う場所で同じ目的に向かって戦っている。

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北九州芸術劇場への苦情

 基本的にここにはいろんな作品を見た感想や思ったことだけを書こうと思っていたのですが、芸術文化に関することで考えたことや思ったことを書いてもいいかなあと思いはじめたので、書きます。

 車をリバーウォークの駐車場に停めて、北九州芸術劇場小劇場に行くためにエスカレータでまず5階まで降りる。5階のIRISの前に案内表示があり、それにしたがって飲茶のお店の前まで行く。店の前で建物の案内表示を確認し、「←小劇場」にしたがって左折、チケットカウンターの横でチラシをもらって、美術館の前を過ぎ、エスカレータの前に来ると「下り」。いかんいかん、チラシに集中していて間違えた、と上りエスカレータの前まで戻ったけれど、エスカレータは下っている・・・。
 あれ?
 表示は「上りエスカレータ」となっているのに。
 「北九州芸術劇場↑」となっているのに。
 小劇場にはどうやっていくの?

 ちなみに私、小・中・大あわせて10回以上は北九州芸術劇場に行っている。
 なのにいまだに迷う。
 これは私が方向音痴だということだろうか。
 否。劇場のありかがわかりにくいのだ。
 大劇場・小劇場に行こうとして、がらんとした中劇場の前に出るととても悲しいのは私だけでしょうか。
 
 果たして私は、美術館の前でしばらくうろうろしたあげく、飲茶の店の前まで戻ってガラス扉を越え、中劇場前に着くエスカレータに乗った。ちなみに、そのエスカレータの前には案内表示があった。がらんとした中劇場前で私は悲しい気持ちになった。
 「エレベータに乗ればよかったのに」と言わないで欲しい。各階停車のエレベータほどいらいらするものはない。ましてや、6階に行くのに5階からエレベータに乗るな!階段かエスカレータを使え!と思ったことはないでしょうか?

 今回のトラブルの原因は、小劇場の開場とほぼ同じ時間に、大劇場で行われていた催し物が終演したことだったと思います。大劇場から帰るお客さんのために、上りエスカレーターを下りに変えていたわけです。それはいい。ならばせめて、エスカレータの向きを変えた時点で、飲茶の店の前に「小劇場↑」の表示を出しておいてほしかった。
 ちなみに迷っていたのは私だけではありません。もうお一方、美術館の前でうろうろされていた方がいらっしゃいました。芸術劇場側は、劇場の場所がわかりにくいということは承知しておられると思います。今回も、案内表示を出されるなど、工夫されていたにもかかわらず、実際に劇場にたどり着くまでに私は何度も不安な気持ちになりました。 

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飛ぶ劇場オフシアターact.3「ゆうぐれスーパー」

飛ぶ劇場オフシアターact.3「ゆうぐれスーパー」
Next Generation Theatre 2005参加公演
 日時:2005年4月23日(土) 15:00開演
 会場:北九州芸術劇場小劇場

  Next Generation Theatre とは、北九州芸術劇場で将来活躍してもらいたい次世代のクリエイターを紹介する企画。それぞれの舞台を、北九州芸術劇場の若手スタッフと共に創り上げる。今年度は、北九州で活動する20代の作・演出家4人を紹介。

  熊本劇作家大会短編戯曲コンクールで賞を取った鵜飼秋子さんの作・演出。
  私は賞をとった「かごめかごめ」もみているけれど、鵜飼さんの脚本にはなんだか孤独の匂いがする。
  他人は信じない、けれど信じたい。誰かと一緒にいたい、でも誰とも一緒にいたくない。他人は信じるに値する。だから信じよう。そして一緒にいよう。そう思わせてくれる。

  結論から言えば、とてもおもしろかったし、よい芝居だった。
  けれど、母親が栗ちゃんを遠ざけようとすることがどうも納得いかなかった。
  母親はきっと栗ちゃんのことが好きなのだし、最初の夫を忘れられないのだろう。ならばなぜ、再婚する?お兄ちゃんを家に置く?新しい男のところへ行く?おでんを食べていけと引き止める? そして、おでんを食べる? いやむしろ、だからこそそうしてしまうのだと思うのだが、それは「栗ちゃんにはもう頼れない」というのとは違うんじゃないか?
  よくよく考えれば納得のいくことなのだけれど、舞台を見た限りではどうもしっくりこなかった。まあ、人の気持ちというのは理由があって動くものではなし、ありえない芝居よりも何倍もありえない行動に出てしまうわけで。
そして、HP掲示板の鵜飼さん自身のコメントによれば、勝(32)、栗田(30)らしいのだが、全くそうは見えなかった。栗ちゃんのほうが年上に見えました。

  役者さん。
  門司さんのわがまま娘がかわいい。ちょっとかわいすぎたかも。
  内田ゆみさんがパワフル。あの空間の中で彼女だけがちゃんと他人と会話できる人だった。彼女だけが全くの他人であるにもかかわらず、彼女だけが積極的に関わろうとしていた。ああいう人、ある意味うらやましい。

  あと、音響に関して、ごく小さい音量でバックに音が流れる場面がいくつかありましたが、最後近くにクリスマスソングだと判明するまで、リバウォの店内放送が聞こえて来るんだと思っていました。「最新の劇場なのに、店内放送が聞こえるんだ-」などど思っていました。うーん。

次週予告。
  来週もNGT「のこされ劇場≡」を観に北九州に行きます。行こうかどうしようか迷っていた私に決心させた理由はチラシ。破れてるんですけど。事故ではないよね?この破れ。気になる・・・。

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「阿修羅城の瞳」

「阿修羅城の瞳」
 日時:2005年4月20日(水)
 会場:ユナイティッドシネマズ

 劇団☆新感線の名作が映画化。
 染五郎が舞台をこなした余裕でかっこよくやってます。

 3時間の芝居を2時間の映画に。舞台版から桜姫とか、刀職人などのサブキャラをカットすることで新感線のエンタメ部分をなくし、出門とつばきを軸に構成。これはこれでよくできていて、脚本は悪くなかった。舞台版での演出も随所に取り入れられていて、よりわかりやすくなっている。
 全体としてちょっとエッチな感じ。もうこのままポルノ映画を作っちゃってもいいかも、っていうくらい、原作のつばきと出門の関係もかなりエロティックに解釈できるし。映画では阿修羅城や阿修羅紋のビジュアルがかなりエッチでした。まあね、究極の恋物語ですよね、これは。

 キャストがよい。
 内藤さんや渡部さん、樋口さん、そしてもちろん小日向さんは舞台でも見てみたい。
 このまま舞台で2ヶ月くらいやってたら、宮沢りえちゃんはもっともっと素敵なつばきになっていただろう。

 難を言うとすればちゃちいセット、ちゃちいCG、これならわざわざ映画にしなくてもー、という感じ。
 一番いけてなかったのは阿修羅転生後のりえちゃん。ラストに出てくる彼女がとてもよかっただけに、オズの魔法使いみたいなあのアタマは本当に情けなく悲しかったです。

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「真夜中の弥次さん喜多さん」

真夜中の弥次さん喜多さん
 日時:2005年4月16日(土)
 会場:ユナイティッドシネマズ

 宮藤官九郎監督で映画化。

 おもしろかった。役者が芸達者ぞろいで楽しい。
 長瀬君は江戸ッ子っぷりが似合う。
 中村七之助は、喜多さんはあなたしかいないでしょうといわんばかりのはまりっぷり。まず、弥次さんに甘える姿がかわいい。弥次さんにわがままを言う姿がかわいい。変な声がかわいい。しかも体が切れる。さすが。
 阿部サダヲくんは、一番彼らしい芝居で、やりすぎな感じにもかかわらず、あの画面に置くと全く違和感がない。

 脇の人たち。
 古田新太。出てきてこけるだけなのに、おもしろい。すごい。
 『解夏』で、主人公の幼馴染の眼科医役で登場するのだが、打って変わってものすごくかっこよかった。私はテレビに張り付いて見ましたよ。本当にすごい役者さんだ。
 松尾スズキ。せりふなし。なのにさいっこーにおもしろい。私の頭の中ではしばらく「ヒゲのおいらん」が流れ続けました。
 ぐっさん。ぐっさんの魅力炸裂。
  
 少年王者館KUDAN Projectの芝居も見ましたが、全然違うのに、ニュアンスは同じなんだよね。芝居は芝居の、映画は映画の表現がされていたように思う。

 原作の漫画も、とりあえずオリジナルの2巻分だけ読みました。
 いやー、やっぱり漫画が一番すごい。
 先にこれを読んでいると、ラストはちょっと違和感があったかもしれない。
 漫画ははっきりと「生と死」をテーマにしているとすれば、映画はむしろ「夢」っぽい感じだった。
 芝居は「リアル」がテーマな感じで。

 ただ、私はどれもそれなりに作り手の思いが伝わって、好きでした。
 カップルとしての弥次さん喜多さんは漫画が一番好き。本当にこのふたりは愛し合っているんですよ。
 うらやましいぜ。

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E1グランプリ 番外編 二傑ジョイント公演

E-1グランプリ 番外編 二傑ジョイント公演
 日時:2005年4月9日(土)19:00開演
 会場:西鉄ホール

 E-1グランプリ、というイベントを、実は一度も観に行ったことがないのだけれど。今回は、各方面から注目されている若手劇団、非・売れ線系ビーナス×万能グローブガラパゴスダイナモスが目当てで観劇。
 
マニアック先生シアター「ロジウラ☆ラジオ」
 まあ、いい感じのハナシなんだけれど、どうも薄っぺらい。次々と登場するヤスシも、見た目はそれぞれだけれど、中身はおんなじで、まあそういう設定なんだろうけれど、おもしろみがない。父親の反応もおもしろくない。着眼点は悪くなかっただけに、もっとおもしろくなりそうだったのに、と残念。

非・売れ線系ビーナス×万能グローブガラパゴスダイナモス「況わんや、百年ぶりの粗捜し」
 田坂哲郎という人は、いろんなものをとても大切にしていて、それを踏襲しながらしっかり自分の考えを出そうとしているところには好感がもてる。この物語、野田秀樹の「パンドラの鐘」とか「TABOO」とか、まあその他もろもろを髣髴とさせるのだけれど、それらにインスパイアされて書いたとしても、物語そのものはしっかり田坂さんの考えを表現していたと思う。
 演出も、西鉄ホールという広さをちゃんと考えて、彼らなりにできることをきちんとやっていたと思う。人数をたくさん出せばそれだけ空間は埋められるし、セットも、歌も、踊りも、いろいろと工夫されていた。
 役者たちは、川口さんや田坂さんなど、男優たちがいい感じ。女優たちも悪くはないのだけれど、どうも芝居が平坦な感じがして、もっともっと豊かな表現ができるようになって欲しいなあ、というのが若者たちに対する期待です。

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演劇小惑星ノミノスクネ「百萬年ノ孤独ヲ愛ス」

演劇小惑星ノミノスクネ「百萬年ノ孤独ヲ愛ス」
 日時:2005年4月9日(土)15:00開演
 会場:ぽんプラザホール

 あなピグモ捕獲団に出演していた天野智範という役者、確かに上手な役者ではないかもしれないけれど、好きだった。
 彼が作・演出を手がけたこの芝居、あまり期待はしていなかったけれど(失礼)期待以上に楽しめた。「家族の話」と聞いていたのだけれど、家族の話に様々なネタが絡み、ひとつの物語にうまくまとめられていた。何度も謎に振り回され、最後まで飽きずに見た。
 
 イメージシーンがとてもきれいに出来上がっていた。レインコートみたいなのをかぶった人がたくさん出てくる場面とか、父親が死ぬ場面とか(もっとも、あれはあのまま消えられたら言うことなしだったのだけれど)。 一方で、家族の日常の場面がかなりつまらなく感じてしまった。必要な場面やせりふであったにもかかわらず、途中で退屈を感じてしまったのは、せりふや芝居にまだまだ洗練されていないところが多かったせいではないかと思う。あと、暗転も気になったなー。暗転なしでどうにか処理できたと思うのだけれど。

 役者さんでは、後藤香さんがゲスト的な登場ではあったけれど、うまかった。うまい役者が出ると舞台が引き締まる。同じようにゲスト的登場だった渡辺琢磨さんは最近今ひとつ。福岡で結構長く芝居を見ていますが、役者があまり成長していないのがとても残念。長く見続けている観客として、役者が「化ける」瞬間を見たいのですよ。

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劇団・太陽族「砂の絵の具」

劇団太陽族「砂の絵の具」
 日時:2005年4月2日(土)15:00開演
 会場:西鉄ホール

 太陽族は、大好きな劇団である。
 初めて見たのは西鉄ホールで、なのだけれど、まだ199Q太陽族だった頃、天王寺で「ぼちぼちいこか」という街頭劇をやっていて、その日偶然天王寺の町をぶらぶらしていた私は、見たくて見たくてたまらなかったにもかかわらず、ニアミスに終わってしまったという苦い経験がある。

 「ここからは遠い国」「それを夢と知らない」がとても気に入ったので、昨年夏の「空の絵の具」も張り切って見に行った。客入れの音楽が80年代のJ-POPで、どの曲も一緒に歌うことができた。自分の世代の物語なのだと思った。
 が、なんだか消化不良に終わってしまった。そのときのメモには「パズルピースをぶちまけられて終わった感じ」と書いている。
 自分が「学校」に近いところにいるせいもあるかもしれない。「学校」という場についての表現や、二人の女性にはさまれた優柔不断な稲垣が非常にはらただしく思えたし、尾崎剛の存在も、なんだか謎なままに終わってしまった。

 そして、「砂の絵の具」
 これを見てやっと、「空の絵の具」がわかった。見ることができてよかった。
 岩崎さんと、西鉄ホールの中村さんに感謝!
 日常の場面を丁寧に表現しながら、時間軸が揺れ、日常の隙間に非日常が入り込む。
 たくさん泣いた。

 「空の絵の具」では、野口くんは失恋したから自殺したように感じた(らしい。メモによると)けれど、今回は単純に木から落ちただけの事故だったのではないかと感じた。それとも木の上から何かを見たのか。何を見たのか。

 見終わってしばらくしてやっと、この芝居は稲垣のものがたりなのだと思った。
 尾崎剛は稲垣の弱さで、心の闇なのだと思った。直接的には出てこないけれど、目に見える芝居の隙間にぽっかりと稲垣の心の闇が見える。逃げたり、誰かのせいにしたり、暴れてみたり。そんな芝居だった。
 「空の絵の具」を見たときに、それがわかったかどうか、全く覚えていないのだけれど、(そもそも、「空の絵の具」を見た後の私のメモには「同僚を殴り殺す」と書いてるんですけど、あの芝居の中で誰が誰を殴ったのかまるで覚えていません。誰か教えてください)安藤先生を殴ったのも稲垣なのだということが納得できた。「空の絵の具」を見たあとに、ある人が「自分の弱さを隠そうとする暴力」と言っていて、そのときはよくわからなかったけれど、それもやっとわかった気がする。

 この春、私は中学高校時代を過ごした町に戻ってきた。
 職場の隣の席は高校時代の恩師。
 あれから20年近い時が流れ、わたしも大人になった。
 酔っ払って、人を殴ったり、夜中に暴れたり、迷惑な電話をかけたりする大人になった。
 10代の子どもにえらそうに説教する大人になった。
 なんとも情けない。稲垣は私なのです。

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