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2004年12月

SHINKANSEN☆RX「SHIROH」

SHINKANSEN☆RX「SHIROH」
 日時:2004年12月29日 13:00開演
 会場:帝国劇場

 まず帝劇に入って驚いた。お客さんの年齢層が高い。まあ、私の観劇仲間の中にも、今回「初帝劇」という人がかなりいたらしいので、普段の新感線のお客さんよりも、ミュージカルのお客さんが多かったようだ。

 舞台上にモニタ。映し出されるのは明らかに現代の街並み。
 あれ?島原の乱の話だよね?

 ロックに乗せたミュージカル。音楽はとても好きなタイプの音楽だったので、大満足。でも、せりふを音楽に乗せることで、どうしても冗長になってしまった感じがある。内容としては3時間半は必要なかったのでは?

 役者さん。すっごい豪華キャスト! それぞれに力があり、彼らを見るだけでも大満足。
 上川さんは意外に歌がうまい。低めの声が素敵。
 対する中川アッキーは高音がきれい。やっぱ、歌うまいなあ。
 高橋由美子も文句なく歌がうまい。きちんと芝居もできて、動けるし。
 秋山奈津子さんも歌がうまい。芝居も当然うまい。
 高田聖子ちゃんとキャラがかぶるなあと思ったけれど、姉妹とは・・・。
 吉野圭吾さん、レミゼでもうまいなあと思ってみていたけれど、今回は完全に新感線にはまっていた。歌える、踊れる、芝居もできる、笑わせる・・・。すごい。今後新感線の常連となってくれることを期待。
 右近さん、じゅんさん、粟根さん、成志さんなど、新感線メンバーも活躍していたけれど、キャストの豪華さにちょっとかすんでしまったところがあって、ものすごくもったいなかった。
 驚いたのは、植本潤さん。最後まで潤さんと認識できず。彼はいつもそうなのだ。女形で出れば出たで認識できず。しかし今回のじじいっぷりは本当にすごかった。参りました。
 江守徹の役はやっぱり古田さんにやって欲しかったなあ。最後の最後まで締める役なんだもんなあ。ああ、惜しい。メルスでの古田もかっこよかったけど、こっちに出てる古田もかっこよかっただろうなあ。
 
 ラストシーン、モニタの謎が解ける。
 きっちりと物語をまとめ、現実へとつなげる素晴らしいせりふだった。
 
 アンコールで劇中の曲を歌い、楽日ということで最後は餅まきで締め。
 上川さんの投げる餅が2階席まで届いていたのがすごかった。
 ・・・そういえば、まかれていたのは関西風の丸餅だったなー。いや、角餅はまかないか?

 これ、今年のえんぺ大賞らしいですよ。
 どういう理由でなのかはわかりませんが、まあ「新感線が」「帝劇で」というのが、ひとつの事件であったと言えばそうなのでしょう。エンタテイメントとしての演劇が、きちんと社会にメッセージを発信していたという点でも。 

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NODA・MAP「走れメルス」

NODA・MAP「走れメルス~少女の唇からはダイナマイト!」
 日時:2004年12月28日 19:00開演
 会場:シアターコクーン

 ひとことでいうならば「全くわかんない!
 せりふが早い、意味不明、話がわけわかんない・・・。
 それでも、芸達者な役者たちと素敵なセット、映像などを使った演出で、最後まで観ることができた。
 ラスト、よかったなー。まっすぐにだれかを愛したら、やっぱりああでなくっちゃ。それはたとえ決して許されることではなくても。

 始まってすぐに、これは野田さんが若いときに書いた、かなり初期の戯曲だと直感した。(それすら知らずに観に行ったのだ。いつも芝居の前にはあんまり情報を入れないもんで・・・) 30年も前に書かれたものらしい。じゃあ、なぜ今これをやったのだろうと思った。その答えを野田さんはパンフレットに書いている。

 「何ゆえ、いまさら私が、この古い『新しい』芝居をやろうと思ったのか、正直に自分に尋ねたところ、どうも近頃の新しい『若い』芝居をおもしろいと思えないからだ」
 「そんなわけで、この『走れメルス』は、古い『若い』表現者からの、今の『若い』表現者への挑発であり、挑戦である。(中略)だが、私には『若い』人の稚拙な企みを受けて立つほどの分別はない。そんなもの待ってはいられない。悪いけど、先へ行く。」

 ・・・おいおい、野田さんにこんなこと言わせてていいのかよ・・・。
 私は表現者になることをあきらめて、せめて誰かの表現は真摯に受け止める人になろうと、こうして感想などを書いているのだけれど、たいして若くもない、表現者でもない私でさえ、この野田さんの挑戦状にはビンときた。

 50歳の野田秀樹に先に行ってもらうわけにはいかない。

 役者さん。
 古田新太がきっちりいい仕事をしている。フルテンションで、いっぱいいっぱいで突っ走る。かっこいい!
 深津さんは声がかわいい。まじめにまっすぐで、空想家で、悪く言えばうそつきの虚言癖で、世界から完全に浮いている。なのにかわいい。
 河原、意外と(失礼)ちゃんとしてた。
 小西真奈美はテレビで見るお嬢様よりも、こういうハスキーボイスでがさつな女の方があってる気がする。
 勘太郎、お父さんそっくり! 顔も声もあまり似ているとは思えないし、もっとまじめな好青年なのに、動きがお父さんそっくり! すごくうまい役者でもないのに、動いたときと止まったときに華がある。不思議だよなあ。やっぱり血筋とか、生まれながらに培ってきたものがまるっきり舞台に出る。
 小松さんがかっこいい。動けるし、早いせりふもちゃんとしゃべれるし、意外と若い。
 後ろに腹筋さんとか、松村武とか、いい役者さんがいっぱいいるんですね。いやー、贅沢な舞台ですわ。
 でも、この「若い」脚本を今の観客に見せるには、これだけ役者の力も必要だったのかなという気がしないでもなかった。
 演出でも、ビデオカメラの映像を使ったり、モニタをおいたり、そういう「新しい」手法を使うことで、今の観客にも飲み込みやすいものにしてあるのかなということは感じた。
 
 それにしても。
 この芝居を受け入れ、育てていった80年代という時代と、当時の観客に、いまさらながら感服する。
 今の時代、私たちにその余裕はあるだろうか。今、私たちはこんなにも豊かなソウゾウ力を要求されるものを、ちゃんと受け入れ、育てていっているだろうか。
 観客としても、野田さんの挑戦状をきっちり受け止めようと思う。

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西鉄ホール5周年企画「すぎのとを」

西鉄ホール5周年企画「すぎのとを」~2004福岡舞台芸術シリーズ~
 日時:2004年12月26日 18:00開演
 会場:西鉄ホール

実は観に行こうかどうかギリギリまで悩んだ。
 独身女3人、年末・・・このキーワードだけで、2004年の観劇が物悲しく終わったらやだなと思ったからだ。
 結局観に行って、おなかがよじれるほど大笑いさせてもらったので、まあよしとしよう。

 それでも、ちょっとほろりとさせるラストは今ひとつだった。願わくば、冒頭の2014年のシーンで締めくくって欲しかった。物悲しい気分を、ばかばかしい笑いでふっ飛ばしたかった。

 役者さん。
 杉山さんと立石さんはギンギラでしか見たことがなく、かぶりものをかぶっても十分存在感のある役者さんだけれど、やはりうまかった。内田ゆみさん、爆発! なんにせよ、この3人の女優が実に楽しそうに舞台上にいたことが何よりも素敵だった。
 ゲストの田坂くん、初見。うわさにはかねがね聞いているけれど、なるほど俳優としてもなかなか。「赤鬼」観にいけばよかったな。

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代々木アニメーション学院声優タレント科「聖ミカエラ学園漂流記」

代々木アニメーション学院福岡校 声優タレント科 舞台発表会2004
「聖ミカエラ学園漂流記」
 日時:2004年12月23日17:00開演
 場所:福岡市立博多区民センターホール

 すごくいっぱい出演者がいる!
 でも、みんなそれぞれ発声とか動きとかの基本的なことがちゃんとできている、ように見えた。(「できてないよぉ!大変だったんだからぁ」と、演出の小松杏里先生はおっしゃっていたけれど。そりゃ、あれだけ人数がいるんだから大変でないわけがない) ともかく、あれだけに人数を一定のレベルにして、あの大きなホールの舞台に乗せただけでもすごいです。
 ただ、プロの芝居なら、脚本から言っても「前半はおもしろくなかったけど、後半からよくなった」という感想を持つものだけれど、むしろ後半になるにつれてだんだん悪くなってきた。なんだか役者たちが疲れていくのだ。大きな声は出しているけど、全く届かない。うーむ。ま、彼らは「これから」ですからね。

 ダンスや歌も盛り込まれた、80年代の演劇。といっても、80年代に私は演劇なんて見ていないのだけれど。80年代、私自身がまさに女子高生だった。クライマックスで鉄パイプ?振り回しながら叫ぶ女子高生たちに、ほんのちょっと自分を見た。そうだよなぁ、あんな想いを抱えてたよなぁ。私は鉄パイプを振り回さなかったし、夜の街で男と一晩中抱き合ったりはしなかったけど、その後しばらく続いた浮かれた時代、確かに当時の女子高生ははじけたと思う。今、あんな女子高生っているのかな。

 またまた余談だが。
 博多区民センターのホールにはミラーボールがある。私の知る限り、みんなあのミラーボールを使いたがる。今回もしっかり使われていた。ビバ!ミラーボール! 

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ヴォルフガング・ティルマンス「Freischwimmer」

ヴォルフガング・ティルマンス「Freischwimmer」
 日時:2004年12月19日(日) 
 場所:東京オペラシティ アートギャラリー

 Aちゃんが「絶対に見に行ったほうがいいですよ!ヤバイです!」(←この日本語はどうかと思うが、若者の間では「とてもよい」という意味である)と絶賛していたティルマンス。HPで見た限りは「写真かー。興味ないなー。図録だけ買って帰るか」と思っていた。帰りの飛行機までにものすごく時間があいていたのと、図録を買えるミュージアムショップを発見する前に会場に入ってしまったので、見る羽目に。

 なるほど、すごい。
 会場に入って思った。セロハンテープで貼られたりクリップではさまれてピンで壁に下げられた写真。いくつかのテーマがあるようだけれど、それらは体系的に張られているわけではなく、大きさも配置もばらばら。プリントされている紙も、艶のあるものやないものや、いろいろ。けれども、その空間には確かに訴えかけてくる何かがあった。彼の作品の展示を含めて「インスタレーション」と呼ぶ意味がわかった。一枚一枚の写真がどれほど時間と手間をかけて丁寧に計算されて撮られたものなのか、私にはわからない。けれども、一枚一枚、同じテーマ、つけられたタイトル、配置。それらを解釈することは私の自由だ。彼の写真はそれを強制しない。これは楽しい作業だった。私は写真にかこまれて、自由に写真と、被写体と、ティルマンスと、そして周囲にたたずむ観客とコミュニケーションをとることができる。たかが写真。ただの写真。しかも窓だの掛けられた服だの紙だのどうってことない被写体の写真。それがこんなにも世界を広げるものだとは思いもしなかった。
 確かにここに存在することを確かめること。それが私が芝居や美術を見る理由のひとつだと思う。
 ティルマンスは確かに私にそれを感じさせてくれた気がする。

 どうでもいいことだが、受付のお姉さんに「学生さんですか」と聞かれた。さすがに素直にうんとはいえなかった。若く見られるにも限度があると思う。複雑。

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あなピグモ捕獲団「ペーパードライブ」

あなピグモ捕獲団「ペーパードライブ」
 日時:2004年12月19日(日)14:00開演
 会場:キッドアイラックアートホール

 1枚の紙を5ミリ角くらいに細かく細かくちぎって、ふっと息を吹きかけて散らしたような。あるいは七色の糸でざっくりと織られた布を広げたような。

あなピグモ捕獲団が東京で再始動。1年ぶりの公演は、やっぱり、混沌。時間と空間が縦横無尽に舞台を駆け抜け、たどり着いたエンディングは、「いろいろ悩んでここまできたけど、これから(も)どうぞよろしく」というメッセージと受け止めた。

この芝居、東京で初見の方々にどう捉えられたのかが気になるところ。決して一般受けするとは思えないのですが(まあ、余計なお世話ですね)、福岡から東京まで追っかけた人は私だけではないと思うので、新天地でも確実に誰かの心を捉えたと信じたい。

次回公演は8月の予定とのことです。

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原美術館の25年展

 日時:2004年12月19日(日)
 場所:原美術館(東京都品川区)

 北品川にある現代美術のコレクションを展示する美術館。
 閑静な住宅街の中にあり、建物そのものがすばらしい。ガラス張りのサンルーム、大理石の階段、広々とした庭。 ああ、こんな家に住みたいなあ。

 建物の中に作りつけられた作品あり、写真あり、絵画あり、何でもあり。
 アンディ・ウォーホルのシルクスクリーンの連作は、ラストの真っ黒な画面のなかにケネディが。
 60年代の抽象画の数々。
 特別に展示されていた丸山応挙は、現代美術ではないけれど、圧巻だった。日本画を見て涙が出た。それくらい美しく、緻密だった。「たくさんの人が囲んで楽しむ」と解説されていたけれど、まさに飽きずに眺めることのできる絵だった。

 展示品を見終わったら、ティールームでお茶。マシュマロロイヤルミルクティーのほんのり甘さに和んだ。贅沢なひと時だった。

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KOKAMI@network「リンダ リンダ」

 KOKAMI@network「リンダ リンダ」
 日時:2004年12月18日 14:00開演
 場所:メルパルクホール福岡

 やっぱり鴻上さんはいい!
 あちこちの劇評でけちょんけちょんにけなされていても、私にとってはナンバーワンだ。

 要するに、人間関係の話なのだった。あと、くだらないことを一生懸命にやることの素晴らしさ。目的は口実に過ぎず、ただ無意味なことをムキになってやること。たぶん私はそこにとても憧れている。自分にはできそうにないからね。
 そして、劇中で歌われるブルーハーツの曲は、決して物語の中に埋もれずに、はっきりと「ブルーハーツ」の曲だった。私はブルーハーツのファンだったわけではないけれど、80年代のティーンエイジャーの生活の中には当たり前に流れている曲だったし、それとはまた別のところで、それぞれの曲に、それなりに思い入れがあって、泣きながら観た。
 一番好きだったのは「キスして欲しい」のシーン。あのシチュエーションで、女の子たちにあの曲を歌われると、身にしみてせつないなあ。

 松岡くんは最初それと認識できず。なぜなら意外に演技がうまく、よく声が通っていたから。ねちっこい歌声は好きになれなかったけど。山本耕史くんは、今回はコミカルなところも見せてくれた。北村さんはヘンですね。いや、褒めことばです。馬渕さんはうまい。最初西牟田恵かと思ったけど。SILVAはいい感じに年取ってたところがよかった。ああいう女優さんて、最近はあんまりいない気がするなあ。大高さんがいるだけで、そこはやっぱり第三舞台のステージになる。大人の切なさを一身に背負って存在していた。でもね、生きているのは若者も子どもも大人もおじさんも、みんな同じ。みんなそれぞれに戦いを続けている。

 不満を言うとすれば、踊りの振り付けがいまいち。

 ラストの「終わらない歌」が、なんと芝居にぴったりだったことか。
 芝居は終わる。でも人生は終わらない。
 よく考えてみれば、何も解決せず、誰も幸福ではなく、けれども最高に楽しかった。できれば客席で立ち上がってタテノリでジャンプしながらこのエンディングを迎えたかったけれど、誰もしてなかったのでできませんでした。

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MONO「相対的浮世絵」

MONO「相対的浮世絵」
日時:2004年12月4日(土)14:00開演
会場:北九州芸術劇場小劇場

 せりふを丁寧に重ねる会話劇。
 ともすれば眠くなってしまうのに、うまく間をとり、笑わせ、謎を残し、謎を解き、退屈させない90分。さすがです。
 
 金替さんのぼーっと加減がいい感じ。
 土田さんは出てくるだけで笑いを取ってしまう。

 それなりに長く生きていればいろいろなことがあるわけで。
 しゃれにならない失敗も、嫌なことから逃げることも、ぐずぐずしているうちにのっぴきならないことになっていることも、いいじゃねぇかと開き直ってみることも、どうしようかと途方にくれることも。
 まあそれが、多分生きてるってことで。

 いつもとなりにいた人ともう2度と合えなくなってしまう経験というのを私はしたことがなくて、だからどういうものなのだろうと思うのだけれど、あえなくなってもうずいぶんと経つ人はものすごくたくさんいて、もしかしたら生きているうちにその人とはもう二度と会うことがないかもしれなくて。それでも元気に生きていくわけじゃないですか、人は。
 たまにしか会わなかったひとがこの世からいなくなってしまうこともまたしょっちゅうで、そういう人はいつか会った日の思い出とともに私が生きている限り私の中に確かに生き続けている。
 思い出というのはなんだかそんなもので、今ここにいない人の記憶(あいまいな、あるいは思い込みも含めて)とか、どこかにいる人の毎日とか、なんだかそういうものいろいろひっくるめてソウゾウリョクで生きていけると思ってしまう。

 なんだかうまく言えないけれど、もうこの世にはいなくて二度と会えない人と、生きてはいるけど二度と会わない人と、また会うかもしれない人と、遠く離れている会いたい人と、近くにいるのに会わない人と、とにかく世界中のあなたがたに思いをはせるのだった。

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