「ロープ」
NODA・MAP「ロープ」
日時:2006年12月30日(土)14:00開演
会場:シアターコクーン
最初から最後まで泣きっぱなし。
今でも思い出すと涙が溢れてきます。
2006年の最後にとんでもなく重たいものを野田さんから渡された気分です。
チラシを見た時に、「プロレスの話かな」とは思っていました。
宮沢りえちゃんや渡辺えり子さんが女子プロレスラーなのかなぁ、と思っていたのだけれど、そんなわけはなく。
舞台上にはプロレスのリング。下手に小さな小屋、上手にはドアが二つ。
そして、上から吊り下げられた黒い壁には、びっしりと何か文字のようなものが書かれている。
たっぷりのせりふ、たっぷりの情報の中から、様々なイメージが浮かび上がってくる。押し寄せてくる言葉と、そこから湧き上がるイメージの洪水。
プロレス・八百長・ひきこもり・アジア人・テレビの報道・不法滞在・実況・暴力・DV・桶狭間の戦い・織田信長・若さゆえの・・・
たぶんそこに見えた景色は客席の一人一人が違うはず。
グレート今川とヘラクレス・ノブナガの戦い、サブリミナルな実況から私が最初に思い浮かべたものは、南京大虐殺だった。
あったことをなかったことにしてはいけない。
なかったことをあったことにしてはいけない。
・・・
野田さんはいいとか悪いとかそんなことを言っているのではなくて、ただ、彼が見た景色を舞台の上にのせて、私たちに見せてくれた。膨大な量の情報をくれた。それらをぽんと投げ渡した。投げ渡されたもののどれだけを私は受け取れたのかわからない。わからないけれど、とにかくそれは重たい重たい宿題になった。
基本的に私は何よりも自分に興味があるタイプの人間なので、世の中で起こっているあれこれというのはわりと二の次で。それでもこの世の中で生活していくうえで、世の中で起こっているいろんな出来事と無関係ではいられない。
まして私は、これからこの暴力に満ち溢れた、わけのわからない世の中に出て行かなければならない若者たちと毎日を送っている。彼らにこの世の中をどう伝えていくのかということも、私の仕事のうちなのだ。
帰宅してテレビをつけると、舞台で見たのと全く同じ黒い覆面をした男たちが、フセインの首にロープをかける様子が映し出された。
ああ、またここでも。いいのか、これで。ここで見つめているだけで。
私に何ができる? 私はこの現実と、どう関わっていく?
私はリングの上にいるのか、それともリングの下にいるのか。
宮沢りえちゃんがすごい。役者というのはただ役を演じるのではなく、脚本に書いてあることをきちんと客席に伝えるのが仕事だ、と聞いた事があるけれど、まさにこの役は脚本に書かれていることを最後まできちんと伝えることができる役者にしか演れないと思った。
りえちゃんは、透明で、芯はしっかりしていて、きっといろんな悲しみを知っていて、だからこそ美しい。あの実況を最後まできっちりやり遂げるのはどんなに大変だろう。声がちょっと心配な感じだったけれど、最後まで頑張って欲しい。
プロレスのリング≒世界の下には、きっと今もコロボックルが姿を隠してひっそりと暮らしている。やさぐれず、リングの上の出来事をただただ実況している。
ラストシーン。
だれもいなくなったリングの下から、食器がすっと返ってきて、“Alone Again(Naturally)”が再び流れてきた。
物語は終わっても、世界は終わらない。
私はこの世界に、放り出された。
「さあ、どうする」
どこかでコロボックルが実況している。
さあ、どうする、私。
舞台上に掲げられていた黒い壁にかかれた文字は、天気のいい朝に4時間で滅んだミライの村で、亡くなった人たちの名前なのだそうです。
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