MONO「相対的浮世絵」
MONO「相対的浮世絵」
日時:2004年12月4日(土)14:00開演
会場:北九州芸術劇場小劇場
せりふを丁寧に重ねる会話劇。
ともすれば眠くなってしまうのに、うまく間をとり、笑わせ、謎を残し、謎を解き、退屈させない90分。さすがです。
金替さんのぼーっと加減がいい感じ。
土田さんは出てくるだけで笑いを取ってしまう。
それなりに長く生きていればいろいろなことがあるわけで。
しゃれにならない失敗も、嫌なことから逃げることも、ぐずぐずしているうちにのっぴきならないことになっていることも、いいじゃねぇかと開き直ってみることも、どうしようかと途方にくれることも。
まあそれが、多分生きてるってことで。
いつもとなりにいた人ともう2度と合えなくなってしまう経験というのを私はしたことがなくて、だからどういうものなのだろうと思うのだけれど、あえなくなってもうずいぶんと経つ人はものすごくたくさんいて、もしかしたら生きているうちにその人とはもう二度と会うことがないかもしれなくて。それでも元気に生きていくわけじゃないですか、人は。
たまにしか会わなかったひとがこの世からいなくなってしまうこともまたしょっちゅうで、そういう人はいつか会った日の思い出とともに私が生きている限り私の中に確かに生き続けている。
思い出というのはなんだかそんなもので、今ここにいない人の記憶(あいまいな、あるいは思い込みも含めて)とか、どこかにいる人の毎日とか、なんだかそういうものいろいろひっくるめてソウゾウリョクで生きていけると思ってしまう。
なんだかうまく言えないけれど、もうこの世にはいなくて二度と会えない人と、生きてはいるけど二度と会わない人と、また会うかもしれない人と、遠く離れている会いたい人と、近くにいるのに会わない人と、とにかく世界中のあなたがたに思いをはせるのだった。
| 固定リンク
![: せりふの時代 2008年 02月号 [雑誌]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/11iN4Ory%2BqL.jpg)






コメント
Hさんは「こわかったです」という感想を述べられていた。「結局最後はたたられちゃいましたね」と。うーん。結局最後は、彼らがいた日々はなかったことになったのではないだろうか。借金も辞職も、なるべくしてなったことであって、祟られたり恨まれたりしたせいではないと思うな。
投稿 SUN CHILD | 2004/12/12 15:57